ブーティの裏

ブーティの裏

フォトグラファーをする傍ら、Funnyな神さまの導きにより2014年から「狛江で1番入りづらいバー、ゴータバー」という飲食店を経営させて頂いております。2023年法人化し㈱ゴータバー設立。学歴が小学生程度しか無いため誤字脱字多めのニンゲンのエッセイ。

もう10月か、早いな。

涼しいんだけど、少し湿気が混ざってどうしてもエアコンを焚いてしまう毎日だ。

 

9月30日。

BOOTYの社長の愛娘である愛子が、六本木のSTAR最後の出番だった。

社長からお誘いを受けて、22時開演の最後のステージに行きたかったけど、ゴータバーを空けることが出来なくて、伺うことが出来なかった。

 

夜中2:00

後悔したくないし、愛子の顔を一目見ようと六本木のTJまで車を飛ばした。

TJとは、愛子と愛子の弟のジュールが二人で始めたカラオケシャンパンBARだ。

愛子はSTARの最後の出番を終えて自分の店に居るという事で、しかも母上の裕子BOSSも札幌からいらっしゃってるという事で、俺だけ夜中2:00で早上がりして車で首都高を飛ばし、向かったって訳だ。

 

まさかの自宅から20分で到着したw 

ジュール、愛子、裕子さんに会えてうれしかった。そしてピザご馳走になっちった。旨かった。

「8PLACE」というお店のピザらしい。めちゃんこ旨かった。

 

 

六本木

不思議な町。歴史を調べても面白い。

現地の店へ到着し、周りのお客の観察をしていると、その中からお会計を要求するお客が現れる。なにやら近所のビル群を所有するBOSSとその仲間たちらしい。

 

俺はお会計を聞いて慌てた

うちの店なら平均3,000~5,000円のお会計、高くても6から7万だが

ここは違った。

 

20万

 

20万??

 

BOSSの顔を見るとまだ若く俺よか5コ下くらいかな。

 

 

 

先祖に感謝

若いBOSSが、今こうして酒を呑み遊べるのはそのBOSSの御父様や祖父さまが築かれた礎の上に成り立っているはずだ。

それをわきまえているのか、そのBOSSは静かでブレる事のない目線で気を配る。

 

そんな出来事を自分に置き換える。

俺も、こうやって自由に東京で商売をやったり健康でいられたり、自由に職を選べたり、それらは全て、祖先、先祖が血のにじむような苦しみや、切なさもあっただろう、そのような努力の礎の上に今の俺の人生が有る。

 

俺が、勝手に生まれて、勝手に生きているんじゃないんだよな。

何代も前、そのさらに何代も前、その方々が残してくれた礎の上でしか俺は活きられない。

物凄く感謝の気持ちが産まれた。

 

いままで、そんな気持ちになった事ないのに。

 

 

 

英霊に。

六本木に2時間滞在し、車で帰路に就いた。

首都高の下をなぞるように走り、三軒茶屋から世田谷通りに入る。

この道を走っていると、おもう

 

奇麗な町。奇麗な道路、整備された歩道

戦前から戦後にかけて、先祖や英霊が自分の魂と引き換えに残してくれたこの世界一奇麗な日本国。そこを車で走っていると自然と「ありがとう」という気持ちが浮かぶ。

 

自分の命と引き換えに自分の息子に何を残せるか。

それは、安心して暮らせる未来ではないか。

 

 

この思いを忘れてしまう前に書こうと、朝5時半だけど筆を執った

有難い。

こうやって暮らせるだけで本当に有難い。そして楽しい。

 

 

 

 

 

断酒

さて、9月の22日から酒をまた辞めた。

身体を壊すのが怖いのと、親が残してくれた大切な体を、最後までキッチリ使おうと思って。

今まで数値が高くてやめた経験から、チートディを作る方が断酒が長続きすると思って、10月の29日の友人の結婚記念食事会の時は断酒を解禁しようと思う。

 

その時は、絶対ウィスキーを飲もうと決めている。安物はダメだ。最低でもマッカランの12年シェリーオークを呑みたい。なければカナディアンクラブ20年。

欲を言えばマッカラン 18年

 

 

 

 

長生きしようね

 

GOTA

二十歳の頃、漠然と空を飛ぶのが夢だったころが有る。

空港とかプロペラに興味津々でね、どうにかそんな仕事に就けないかと真剣に考えたことが有る。

結果、お国の元で空を飛ぶのが1番と考え、1次方程式も出来ない俺は警察の航空隊を目指し、真駒内の警察学校で試験を受けたことが有る。

結果はわかりきっていたが、一応挑戦はした。

 

仕事が無くなり、時間が出来ると決まって小樽の海に出かける事が多かった。

なぜそこに向かっていたのかは、わからないけど、いつも決まっていた。

 

ふと空を見上げると、一機の飛行船が空を飛んでいた。

その時に書いたブログがコチラだ。

 

 

その飛行船のクルーである秋山さんと、まさか2023年の今日も連絡を取り合うとは思ってもいなかっただろう。

そう、Facebookで誕生日のメッセージと共にコンタクトを取り、今回も写真を送ってくれた。

 

おぉぉ、当店自慢のスーパードライ!(マルエフに変えるけど…)

 

 

飛行船、夢が有るなぁ。。

 

 

キャビンは結構狭いんだよね。

 

秋山さん、元気そうで何よりです。

 

さて、ワタクシの空の夢といえば

飛ぶ寸前まで行ったんだよ。

空を飛ぶ方法っていっぱいあってね、俺が先ず出会ったのがモーターパラグライダーだった。

グライダー(パラシュートの部分)を操り、もう飛べるという所の訓練も終わり、来週はエンジンを背負って飛ぶよ。

そんな時に、他の海辺で高齢者の操るグライダーの墜落事故が起きた。

アマチュア空系の事故はだいたい即死である。

 

ビビッて辞めた。www

いまでも、訓練をしてくれた先輩が店に立ち寄ってくれて、飛ぶならエンジン二基とグライダー三セット、ついでに車もあげるからいつでも言ってくれと言われる。

 

しかし、3歳半の可愛い愛息子の顔が浮かぶと、どうしても空をとべない俺がいるんだな。

 

 

月日が経ち、また面白いものを見つけた。

いま住む隣町に面白いおっちゃんがいて、おっちゃんは飛行機をDIYし、趣味で飛ばしているというのだ。

 

 

やばい。東京にはやばい人がいるw

興味深すぎて、会いに行った。

DIY飛行機も見せてもらって、大満足。

 

GOTAくんも、私たちのクラブチームに入って飛んだらいい。

有難きお言葉。

 

しかし、チラつく愛息子の笑顔。

飛べない。落ちたくない。

 

とにかく、落ちる恐怖が払拭できん!!

 

というわけだ。

 

で、諦めていた頃、そうだ、正規に飛行機の免許を取るか。

そう考えたが、俺もう44歳。老後を考えて来世に託しました。

 

来世は宇宙船が良いなぁ。

 

困ったものだ。

何が困ったか。

店の主力生ビールであるアサヒのスーパードライの味が変わってしまったような気がする。

 

数人の知人に聞いても答えは同じだった。

味の変わり方はマイルドになった感覚なのだが、困ったのはケミカル的な酔いをすることだ。

 

このケミカル酔いの話は10年前にさかのぼる。

小生が日々ランニングを趣味としていた時期があった。

長くランニングを続けていると、走り出して5分でその日の身体のコンディションがわかる。

 

前日に、たまには良いだろうと安く販売されている「ストロング系酎ハイ」を買って飲んでみた時の話、普段の蒸留酒の酔いとは違う、なにか急にガツンとくるような酔いを体験した。

不思議に思いその酎ハイの成分を調べてみると、化学合成されたアルコール成分だという事がわかった。

 

要は、今まで通りの酒造法で製造すると当たり前の税金がその酒にかかる訳だ。

メーカーは、ユーザーに出来るだけ安く酒を提供するために税金に逃れた酒造法で製造する訳だが、蒸留や発酵以外の化学薬品(第二の酒)を造った。

 

故に、このガツンと来る酔いは、酒のせいではなく、化学薬品に対しての小生の身体の正常な反応であることがわかった。

 

話しは戻って、昨今のスーパードライ樽を呑むと、ガツンと来ることはないが、あの時に体験した変な酔いになって、物凄く気分が悪くなる。

 

ここで、アサヒビールを責めることは出来ない。

メーカーはユーザーの為に出来るだけ安い価格で提供できるように企業努力しているだけ。

 

問題は政府だ。

かけられるところに、ここぞとばかりに税金をかける。

民は、その重い税金から逃れようと、法の隙間を探して草の根の様に方法を分散する。

 

この国はいったいどうなってゆくのか。

言いたいことは山ほどあるが、生きるのも難しい国に仕立てあがっている気がする。

 

 

GOTA

本屋に陳列されるにわか成功本。

「これをやれ」「これをやっていた」「だから成功できた」

そんなタイトルにはうんざりさせられるではないか。

 

成功の基準は何かわからないが、そんなもの全部ぶっ壊して

大衆が怖がる、得体のしれないモノにどこから来るか分からない根拠を元に挑戦してゆく、この挑戦者が最終的には大衆離れした場所にたどり着いた。

 

それを大衆は成功と呼ぶのではないか。

人はマエナラエ、横一列で編隊して動きたがる生き物だ。

そこから逸脱し、編隊を組むのではなく変態になることをお勧めする。

 

人は「やめておけ」という

人は「あぶないよ」という

 

自分も「怖い」

 

そこに片足を突っ込め。

44歳の俺だって、こうやって挑戦しているんだから。

 

GOTA

生きるというのは、とても不思議な事で。

普段、ヒトって嫌なことや摩擦、ストレスを感じると抵抗する。

抵抗する事で摩擦を減らそう、ストレスを軽減しようと行動に出るのが普通じゃん

 

10年前にゴータバーを開店する段取りの頃から

何か目に見えない力に守られている実感があった。

それを天とか神さまとか呼んでるんだけれどもね。

 

摩擦やストレスを感じた時に、俺は抵抗する事をその頃から辞めた。

なぜなら、摩擦やストレスに対して無理に反発したり

抵抗したり、自分の力で道をぐにゃりと曲げてしまうと

かえって状況が悪くなることが多いのだ俺の場合。

 

ある時から、こう変えた。

「抵抗しない」

 

摩擦やストレスを

「感じる、味わう」事にした。

 

けしてソレを消してしまおうとか

無くすとかしないで

 

深呼吸して味わった。

あとは天に任せておけばよい。

 

天は、最短の方法で解決しようと

俺の身体を使って、俺の身体を動かして

軌道に乗せてくれる。

 

それをインスピレーションとかいう人もいるが

天とツナガル方法は、良い意味で「諦める」事だと俺は思う。

 

「すんっ」ってね。

 

俺の場合、天に動かされるときは、

何故かムショウに「そうしなければならない」ような想いが

頭の中をグルグル回り始める。

 

でも大抵、その「そうしなければならない」は、とんでもなく

面倒なことが多い。

 

放っておくと、「そうしなければならない」が、

「そうしたい」に変わる。

 

そのころ、天から受け取った想いと

自分の脳が考え出した想いが対決を始める。

 

その対決が始まりだすと、おれは人にソレを話し出す。

もうこうなれば、行く道は一つ

 

天に従う。だ。

天は間違わない。

間違うのはいつも俺だ。

だから答えは出さないで、敷かれたレールの上を

口笛を吹きながらゆっくり歩く。

 

 

 

 

俺のTwitter(X)には日々、社会の問題が飛び込んでくる

ワクチンの問題だとか、戦争だとか。

 

おれは、ワクチン打ってないけど、その問題をゆっくりと

感じるようにしている。あまり自分をそこに突っ込まない。

 

今俺は健康な訳だし、戦争もどこかとどこかの利権争いにしか過ぎない。

我が家にはテレビも無いし、あまりそういう日本メディアの報道ははいってこない

 

先日、じゃあどうやって我が国や世界の情報を手に入れてるの?

聴かれたんでこう答えた。

 

Web上のニュースは好きだから、休憩中はそれらのニュースをよく見ているよ。

育った札幌のローカル記事も好きだね。

 

世界のニュースは、アルジャジーラをGoogleレンズで読んだり(iPadとスマホのそれぞれが必要w) PCだとすぐに翻訳にかけられるしね。PCは毎朝立ち上げて店の売り上げの確認や、税理士さんとのやり取り、請求書の作成でたちあげるからね。

 

ついでにnewsみてるよ。ってね。

 

 

引っ越ししたいね

 そう、妻といつも話し合っている。

DIYがOKな集合住宅(60,000)40平米の家に家族3人で住んでいる

狭いけど、更新料も無いし(東京名物、更新料は2年に一回家賃の2倍を支払う制度)

たまーに天井から水漏れもするけど、活きている実感があって面白い。

 

昨今の建売戸建て8000万円を35年ローンで組むなんていう自殺行為なんか

出来るわけもなく。

 

妻が成城に住むママ友(旦那は大手IT)の戸建てに遊びに行って

衝撃を受けたらしい。

 

返ってきた妻は、「余裕がある」って暮らしをされていて、凄く良かった。

 

さぁそこから我が家の次の家探しが始まった。

狙いの15万円くらいの賃貸マンションは駅から遠く

店からも遠い。でも、広い住処を求めて職場から遠い住処を選ぶ。

それって皆が考え付く事じゃない?

 

駅近い物件は20万円以上。

単純に20万円以上の物件に住むには1年の収入は1000千万円以上という統計も出ているために

ちょっと無理がある。

 

じゃぁ35年ローン…

 

いやいやよく考えろ!俺は商売人だぜ。

一般と同じ考えではない、方法はないか?

 

 

 

で、出した答えが

むこう10年で1000万円貯めよう。(できれば8年で)

その1000万円を年利12パーセント(月1パーセント)で運用できたとして

 

出来たとして、だよ。

月10万円のお金が入ってくることになるじゃないか。

 

という事は、20万円のマンションは10万円ということになるという

無茶な計算を天が与えてくれた。

 

 

この考え方は、むかしの友人が教えてくれた。

俺が、21歳の時に、北海道警察を受験しようと思って動いていた時

勉強を教えてくれる大学生が居た。

 

その頃の北海道警察は100人募集に対して2000人くらいの応募だった。

要は、倍率が物凄い高いという現実。

 

その大学生は言った。

倍率は下げることが出来るよ。

 

「え?その2000人が風邪でもひいて受験できなくなるとか?」

 

「いやそうじゃないよ」

 

「自分が勉強して努力すれば、仮想的に倍率は下がるんだ」

 

「なるほど!!」

 

といった僕は、勉強しないで挑み倍率には勝てなかった。

 

 

 

がしかーし、20年前のその大学生の言葉はまだ活きていた。

要は、20万円の家賃は現実的には下がらないけど

自分の物理的収入を上げる事によって仮想的に家賃は下がる訳だ。

 

紙幣に、これは「家賃にしか使えない10,000円」とは書いていない。

10年で1,000万円を貯めながら10年勉強すればいいんですわ。

 

最も難しい飲食店経営を10年勉強して、俺は少し利益を出す方法を得た。

次は別の方法で少し利益を出す方法を10年勉強すればいいだけの

 

物凄くシンプルな方法だ。

 

もし俺が、今の時点で毎月13万円支払いの住宅ローンがあった場合

この考えにたどり着かなかった事だろう。

 

なぜなら、俺は戸建ての大工の経験とリフォーム大工の経験があるからだ。

月13万のローン返済に合わせて、修繕費用を毎月3万円ほど貯めて行かなければ

建売住宅なんて「ヤバイ」作りばかりだからね。火災保険やそれに自動車ローン

なんて持っていたら、まんまと金融マフィアの思うつぼ。

 

あれふしぎなんだよね。

東京で新築建売戸建て勝った人って、数か月後に新車買うよね。あれ不思議。

 

 

まてまてまて。

じっと辛抱なさい。

そうして種銭を貯めなさい

 

ショーシャンクの空にって映画有るんだけど、あのコツコツ感大好き。

俺は、65歳の記念に、築浅のマンションを妻にプレゼントしたいと思う。

21年後だ。

 

その頃、2022年製建売購入組は、老朽化と変動金利上昇に苦しめられていないことを切に願います。

 

 

ここまで読んでくれてありがとうございます。

毎月1日と15日にこのブログを更新するようにしています

 

ありがとう

 

 

GOTA

自分なりの死生観を持つという事は、悔いのない人生を送るためには欠かせません。

にもかかわらず、最近の若人が死生観を持てないというのは、一つの理由として、平均寿命が延びた事がかんがえられます。

 

昔は平均寿命が短かったため、人生の比較的早い時点で親の死と出会い、それを見つめることが出来ました。ところが今は、医学の進歩によっていろいろな病気が克服されたため、親の死に遭遇する時期が遅くなっています。この様に親の死に触れる時期が遅くなった事が、死を身近に感じられない理由の一つだと思います。

 

そしてもう一つの理由は戦争が無い事です。戦後の平和な中でずっと生きてこられたことが影響しているように思います。

 

もし中東のような環境下で生まれていたら、若者の死生観は全然違ったものになっているはずです。また、第二次世界大戦勃発前に青春時代を送っていたとしたら、これもまた死生観は全く違っていたでしょう。

 

あの時代の青年たちにとって、死はすぐ傍にあるものでした。だからこそ、物事を深い所でとらえる事が出来たのでしょうし、それがゆえに精神的にも非常に成熟していたのでしょう。反対に今の若い人にいくら死生観や仕事観の話をしても切実な思いが無いから、なかなか心の奥深くにまで響かないのだと思います。

 

戦争の時代には、兄弟でも友達でも年若くして死ぬという現実がありました。今はそういう状況にないために、死生観についての意識が薄いのです。

 

平均寿命は延びる一方で、しかも自分はまだ若くて元気もある。日本は平和で戦争も起こらない。だから定職を持たず、フリーターのような形で刹那刹那に人生を送ることで満足してしまっている。そういう若者が増えているように思います。

 

この傾向は特に日本において際立っているように思います。アメリカには、自らが攻められることは無いけれど、Selective service system (選抜徴兵登録制度)という徴兵に関する制度が有ります。そして、場合によってはイラクに派兵されて、命を落とす可能性もある。過去にたくさんの若者がイラクで死んでいます。だからやはり、日本の若者とは死生観が違っているはずです。

 

日本は特別恵まれているのです。恵まれた結果、今のような現象が起こっているように思います。しかし陰が有れば陽もある、陽があれば陰が有るというのがこの世の理です。いつも陽に当たってばかりいられないということを、日本の若者たちには知ってもらいたいのです。と同時に平和の有難さをかみしめて、それに甘えることなく自らの使命を求め、世のため人の為に尽くしてもらいたいと思うのです。

 

多くの志士を育てて明治維新への道筋をつけた吉田松陰は、二度の投獄を体験しています。しかも、わずか29歳で生涯を終えています。

 

「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置きかまし大和魂」

 

という辞世の句を残して死んでいったのです。しかし、彼の寿命は短かったかもしれないけれど、いまだに彼の名は忘れられていません。その名は歴史に刻まれ永遠のものになり、二十一世紀を生き抜いているのです。

 

そういう若者たちがなかなか現れないというのは、恵まれ過ぎたゆえの不幸と言えるのかもしれません。しかし、自らの天命を見つけようという意思があれば、この日本においても命を輝かせて生きる事が出来ると私は思うのです。

 

「何のために働くのか」 北尾吉孝 著 より抜粋

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最後に書かれた自ら天命を見つけようとする「意志」

私にとって一番いま刺さる一文だ。

 

ふらふらあっちいってみたり、こっち行ってみたりが得意な私はこのページを丸めて飲みこんでも良いくらいだ。

私は、この商人という天命を授かっているんだと薄々気が付いてきたこの頃、生涯商人として生きる覚悟を決めた。

 

死生観に関しては、20代のころ、借金だらけになった時、自らの命を絶とうとしたことがあった。瞬間に母からの一本の電話。

思いとどまった私は、逃げるのをやめた事で、天が私に第二の人生を用意してくれた。

 

だから今借金だらけでも、精神的に苦しくても、5年先10年先には、死生観と天命を理解できれば思いもよらない展開で人生が拓いていく。

 

GOTA

仕事も一つの「行」であると考えています。一心に打ち込んだ仕事は、禅僧の行と同じなのです。どちらも人間を磨くために行うものなのです。

 

仕事を通じて、人間という修行を行い、一流の人間を目指すという北尾吉孝さんが著書「なんのために働くのか」にある。

仕事でしか人間を磨くツールは無い。

故に、仕事をしない人間が、いくら自分のものでは無い一流の皮を被っても、それは見抜かれるだけである。

 

自分は、少しサボっていた。

44歳、良い年だ。

腹を決めて、飲食を軸にこの修行を全うしようと思う

 

腹を決めて真剣だからこそ、この行に本気になるからこそ

喜怒哀楽は激しくなる。

 

これは、死ぬか生きるかを本気で活きた人間にしかわからないだろう。

同じ境地の人間にこれからは出逢ってゆきたいものだ。

 

GOTA

 

色々な動画や映像が混乱する昨今、

かねがね「声という音」にフォーカス。

 

映像を見る時に、人の感覚は映像3割、音声7割と勝手に感じていた

音には波動が有るからだろうか

映像には波動という事が少なく、それはTVと舞台を比べれば歴然である

 

ゴータバーにいらっしゃったお客様の中で、ピンときたお客様と

約30分間おしゃべりをするというこの企画「ゴータバー夜鳴きRADIO

を立ち上げた。コツコツと作り上げて行こうと思う。

 

実験的第一回目

 

 

GOTA

なんてったって、当店の強みは伝家の宝刀「手書きチラシ」を使った集客ですよ。

その名の通り、筆ペンで書いた汚いチラシを何千部と刷ってこのワタクシが手配りする。

それを1日に200~300枚ほど撒く様にしている

ここ5年くらいは、茶封筒に入れて「狛江で1番入りづらいバー」のスタンプを押して封をせず手配りで撒いていた。

 

それが大ヒット、物凄い集客を産み、今では常連様に、この店に初めて来たとき何を見てこの店を知ったの?と聞くと7割が「チラシ」と答える程になった。

今回の撒いたチラシを載せておこう

 

夕方までチラシを配り、5時半ころに家に戻ると妻がご飯をつくって3歳の息子と待っていてくれる。足が棒になるくらい歩いた私はそれで癒されながら、一日一食と決めた食事をゆっくりと始める。

 

気が向いたら皿を洗い、妻子が使い終わったぬるい風呂に60度の追い湯をしながら半身浴を一時間半ほどやって、夜9時頃にお店に顔を出して3時間ほどお客様のお話し相手を務めさせて頂く。(私だけがくっちゃべっている場合も多いが…)

 

20代後半の女性2名のお客様が二回目のご来店という事で、お話し相手をさせてもらった。なにやら前回は私がその子たちに占いをやって差し上げたらしく、胡散臭いからもう一度来てみたとの事だ。

 

お客様いわく、なぜ男はおごらないのか?

おごってくれたらかっこいいのに!

さて、ここでその子たちの周りの男性客も巻き込んで、リングのゴングが鳴らされた!

 

ちょうど二名の女性客の左隣にお一人で来店された40代前半男性客が2名ほどだったので、巻き添った。ちなみに男性客は二人ともペケが①だ。

 

女性客が言うに、先日、大学時代のバイト先の店長に誘われて酒を呑みに行ったらしい。店長といっても一歳年上、会計時にきっぱり割り勘されたらしい。

この事象には二つの意味が含まれると思う。

 

①店長は、自分が全部払いする事によって、もしかしたら下心があるのではないか、、との勘違いを避け、あくまでも貴女とはお友達という線上で居たい。

 

もしくは

 

②本当にお金が無く、日常から割り勘制度を導入している

 

これらに対し、女性からは、一件目は格好よくおごってよ!だそうな。

 

また、昔こういうこともあった。

女性3名、私含め男子2名で居酒屋へ行き、会計時に私が全部払おうと(私は古い人間なので感覚が全部払い※年下であれば)すると、その中の女性が「わたしだって、社会に出てしっかり働いているんだから、しっかり自分の飲んだ分は払わさせてください!」との意見に私はおどろいてしまった。

 

そうか…女性におごるという事は、もしかしたら「失礼」に当たる場合もあるのかもしれない。そんな感情が生まれた。

 

話しは戻り、隣の男性客はこう言った。

お会計時に女性よりお金を出そうとされたら、「頼むっ!ここは俺に格好つけさせてくれっ!」と言って、全払いさせて頂くそうだ。

 

これは女性側からしたら、「かわいい」と思うのか、「???」と思うのかは、それまでの脈略次第だが、そんな方法もあるのかと納得していた。

 

結果的に、男という生き物は平成2年生まれ頃までは、会計は男がするものとの認識があるみたいだ。

 

かくいう私も、いかにスマートに支払いを済ませるかの達人域まで来ている?と自負する。

話しの脈略にもよるが、相手が御不浄時に店員にスッとカードを渡す&サインする。これでよいではないか。

戻った女性から、半分払いますを言われたら、二件目払ってくれればいいよと促す。払わせないが。一件目で終わりであれば、次回払ってくれればいいよ、と、暗黙の二回目の約束を取り付ける。

どこか、逃げ道を用意してあげる事で相手は納得するのだ。納得させないとモヤモヤが残り、それが、「下心があるのではないか?」という疑問に化けるのである。

 

そして下心もスマートに出す方法は今研究中だ。

 

世の男性若人よ、女性に好かれようではないか。

われら男民族は、女民族に仕えているのだから。

 

 

 

くだらない話をここまで読んでくれてあるがとうございますw

PSワタクシは、こんなこと言っておきながら、女性におごってもらったことは数万とあります

 

GOTA