商店街のチラシ製作させて頂きました。 | ブーティの裏

ブーティの裏

フォトグラファーをする傍ら、Funnyな神さまの導きにより2014年から「狛江で1番入りづらいバー、ゴータバー」という飲食店を経営させて頂いております。2023年法人化し㈱ゴータバー設立。学歴が小学生程度しか無いため誤字脱字多めのニンゲンのエッセイ。

今日はお仕事のはなし。

僕が住む東京都狛江市に、御台橋商店街というストリートが有る。
この道は、仙川という街に続いていて僕の好きな道だ。
好きだなあ
好きだなあと想っていると見事に引き寄せる僕が今回頂いたのは、その御台橋商栄会さまより頂きましたお仕事だった。



と、

そう、年末のセールチラシの製作だ。下手くそながらに一生懸命作らせて頂きました。
この他に、サンクスチケットも製作させていただいたんですが、悪用されると困るので載せません。


御台橋商栄会さまからは昨年の春先に撮影のお仕事も頂いてます。
各店舗、撮影させていただいたのですが、ひとつ心残りがあります。

それは、ある青果店をチラシに載せるためにアシスタントの妻を連れて撮影に伺った時の事。

その青果店の店主は見たところ80代。
しわくちゃな顔に警戒心タップリな表情を僕は壊せないでいた時だった。
気を利かせた妻が、店主の心を開こうと懸命に話しかけ、やっとの思いでいい表情が撮れた。

そそくさと帰り仕度をしていると気を良くした店主が「お茶が沸いているから飲んで行かんか?」と声をかけてくれた。

僕は、特に急いでいるわけでもなかったんだけど、なんかこう、邪魔しちゃ悪いし、ヨソモノがウロウロしてても嫌だろうから早く撤退しなきゃと、「いえ、大丈夫です。おかまいなく…」と言い放ってその店を後にしてしまった。

その夜、ぼくはGOTABARにて、何の気なしにその青果店の話をお客し話した。

お客はこの街の出身らしく事情に精通しているのか、その青果店の親父の息子が、ぼくと同い年くらいの歳で、10年以上前に亡くなったらしいと…


その時に僕は心を痛めた。

「甘えて、茶の一杯でも飲みながら話をすれば良かった」


しばらくして、その青果店の閉店の知らせが届いた。

僕はこれがずっと忘れられなくて、なんて愛の無い行動をしてしまったんだろうといつも想う。


だから決めた。誰になんて言われようが、どう思われようが人には甘えよう。人には親切にしよう。


まだまだ修行中の身分、許して頂ければ幸いです。

だからこそ、この御台橋商店街には思いがある。






あの親父にもう一回くらい会いたいなあ。




最近、奇跡的に撮影や紙媒体のデザインのお仕事をたくさん貰えるため、16年前にプチ独立して寝かせていた屋号を復活させました。

いや実は16年もの間、復活させるタイミングを待っていました✌️


今年はどんな人に出会ってどんな感動ができるんだろう?ワクワクします



GOTA san